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今年2016年は1966年6月のビートルズ来日から50周年になります。
またちょうど同年6月は「Yesterday and today」リリース50周年記念です。

「Yesterday and today」といえばブッチャーカバーで有名ではありますが、「Rubber Soul」の一曲目であるはずの「Drive My Car」がなぜかオリジナルからは省かれて、このアルバムに収録されております。

その
「アルバムの1曲目にもかかわらず。アメリカ版で採用されなかった曲「Drive My Car」」
について書いてみたいと思います。

アメリカ盤Rubber Soulの1曲目はDrive My Carではない。

日本のリスナーには案外知られていないことですが
Rubber Soulはイギリス(日本)盤とアメリカ盤で収録曲が大きく変わります。

収録曲

 イギリス版アメリカ盤
A-1Drive My CarI've Just Seen A Face
A-2Norwegian Wood (This Bird Has Flown)
A-3You Won't See Me
A-4Nowhere Man削除
A-5Think for Yourself
A-6The Word
A-7Michelle
B-1What Goes onIt's Only Love
B-2Girl
B-3I'm Looking Through You
B-4In My Life
B-5Wait
B-6If I Needed Someone削除
B-7Run for Your Life

「Nowhere Man」「If I Needed Someone」2曲削られている他
アルバムの顔となるA面B面の1曲目が差し替えられることになっています。

1曲目ってそのアルバムのカラーを左右するすごいものなのですが
なんとそれが差し替わるという今では考えられない感じですね。

英国EMIパーロフォン・オリジナル盤はアメリカのブラックミュージックの影響を受けたソウルフルなアルバムな感じがするのに対し米国キャピトル盤は「アコースティックロックのアルバム」の感じに聞こえると思います。

だいたい1曲目の「I’ve Just Seen A Face」はバンドスタイルの曲ではないし、12曲中7曲がアコースティックギター全面に出した曲であります。

是非ともiTunesなどで米国版の曲順で聴いてみることをおすすめします。

なぜそういった事になったのか。調べてみました。

収録曲が減っている理由

もともと当時のアメリカではアルバムはA面B面合わせて11、12曲というのがスタンダードだったということです。
その最大の理由はアメリカでは著作権料が高く、イギリスオリジナルのように14曲入りにすると利益が減るというのが理由だそうです。

また当時のカッティング技術で片面18分を超えると音質クオリティを確保しづらくなるということもあったみたいです。
またアメリカでは
「ビートルズは一過性のアイドル。売れている時にバンバンリリースしてしまおう。収録曲も少なくして多くリリースしてしまおう。」
ということだったみたいです。

収録曲が変更されたわけ

EMIとキャピトルとの力関係

EMIとキャピトルとの力関係だと思われます。

キャピトルは1940年代に設立され1950年代にEMIのグループに入ります。
これ以降,イギリスEMIやドイツエレクトローラなどEMI系レーベルの原盤はアメリカではキャピトルから配給されるようになります。
しかしアメリカのレコード市場はイギリスより大きく、まして、西側諸国の流通の起点だったため売上高などの点でキャピトルはEMI傘下というより、ほぼ対等な関係だったようです。

その証拠に、ビートルズがイギリスで売れ出した頃、キャピトルはアメリカでは売れそうにないとビートルズのレコードを発売することを拒否しています。
その結果初期のビートルズのレコードがアメリカではVee-Jay、Swanなどの弱小レーベルから発売されたという経緯があります。
(これらのレコードは現在では偽物が出るほどのコレクターズアイテムだそうです。)

それではまずいと考えたブライアン・エプスタインは相当キャピトルと交渉したのではないでしょうか。
イギリスでの爆発的人気を受け、ようやくキャピトルは「抱きしめたい」をフィーチャーした「Meet The Beatles」を発売。

「そもそも原盤権を所有していたのがアーチストではなくそれぞれEMIだったりキャピトルだったり各レコード会社」という時代だったこともあり
「アルバムの選曲、マーケティングはキャピトル側でする」
という条件だったことも考えられます。

米国キャピトル編集盤から「Drive my car」が削除されたわけ

楽曲の削除はまだしも
「アルバムの1曲目を差し替える」というのは前代未聞のことであります。
では「Drive my car」が差し替えられた理由は何か?
考察してみました。

「Rubber Soul」元々の制作コンセプト

ソウル・ミュージックの風をイギリスに取り入れようとした。

当時アメリカではビートルズに対抗できるのはモータウンレーベルをはじめとするソウル・ミュージックでした。

ちょうど公民権運動と重なって、ゴスペルとブルースが発展したようなソウル・ミュージックが受け入れられてきたみたいですね。

しかし本国イギリスでは
1965年当時のUKシングルチャートを見てみると、を見てみますとビートルズやストーンズの他はアメリカンポップスで言うとエルヴィス・プレスリーくらいであとはイギリスのカントリー系からのポップスが占めていますね。

まだイギリスでは黒人音楽であるモータウン系サウンドが浸透していなかったと思われます。
ビートルズはアメリカで起きているそういったソウルの風をイギリスに持ち込もうと考えたのではないでしょうか。

1965年当時のUSシングルチャート
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「Rubber Soul」のアルバム名にも現れています。
1960年代の、白人の若者たちによってロックンロールが盛んに唄われるようになった頃。ソウルフルな音楽世界の本家本元にあたる黒人(アフリカ系アメリカ人)のミュージシャンたちは、白人たちのそれを「プラスティック(偽りの)・ソウル」と揶揄したといいます。
それは所詮、見せ掛けだけの偽りのソウルにしか過ぎないのだ、と言うように。「Rubber Soul」のアルバム名はそれをあえてパロディーにしたということです。

「Drive my car」はオーティス・レディング「リスペクト」が元ネタ
Revolution in the Head: the Beatlesによると
「ドライヴ・マイ・カー」はアビー・ロード・スタジオにおいて1965年10月13日に録音された。
ポールはジョージ・ハリスンと一緒になって基本のリズムトラックを録り、ベースと低音のギターで似たリフを重ねた。
それはジョージの提案に従って行った。彼はそのころオーティス・レディングの”Respect”を聴いており、その影響で「ドライヴ・マイ・カー」は今までのビートルズの曲よりリズム・トラックが強力で、レディングがメンフィスのスタジオで生み出したベースのヘビーな音を真似ている
ジョージがヴァースの土台となるギター・リフを作り出したのにもかかわらず、ポールがギター・ソロを弾いている。ジョージはリード・ギターをジョージとポールの2人で一緒に弾いたと語っている

オーティス・レディング「リスペクト」(Respect)
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「リスペクト」(Respect)は、アメリカ合衆国の歌手オーティス・レディングが作詞・作曲して1965年8月15日に発表した楽曲。
アルバム『オーティス・ブルー』(1965年9月発表)のために録音された曲の1つで、アルバムに先駆けて8月にシングルとしてリリースされ、同年にはレディングにとって2作目の全米トップ40ヒットとなった。
※1967年、アレサ・フランクリンによるカヴァーが全米1位を獲得し、オリジナル以上の大ヒットとなった。

アメリカ人としての反応

イギリス盤「Rubber Soul」をアメリカ人の側から聞くと1曲目から
「オーティス・レディングのパクリ」
みたいな感じを受けてしまいます。

レコード担当からすると当時全盛であったモータウンレコードの二番煎じみたいなアルバムを出してもマーケット的に全然美味しくない。という意向もあったかもしれません。あくまで推測ですがサンプルを聴いたキャピトル担当者は大々的にプロモーションするにはちょっと危険だと感じたのではないでしょうか?なんとなく担当者の苦悩も感じられます。
もし自分が担当だったならばこのアルバムのセールスコピーは書きにくいです。

当時ビートルズ・プレスリーは別格としてブラックミュージックのカウンターカルチャーして出てきた、ボブディランをはじめとするフォーク・ロック
も人気が出てきた時代。ならばHELP!に未収録だった曲を持ってきてフォーク・カントリーな感じでまとめてみようということだったのではないでしょうか。

※ちなみにイギリス版「HELP!」はフォーク・ロックなアルバムですが、アメリカ盤は映画のBGMも挿入されているためアルバムの感じがまるで違います。

この選曲について、EMIとキャピトルで相当いざこざがあったかもしれません。
しかしアメリカ(関連する国)のレコード市場はイギリスより大きく,売上高などの点でキャピトルはEMIとほぼ対等な関係だったとのことで、キャピトルの意向が通ったと感じでしょうか。

リリース後の影響

「USキャピトル版」が「Pet Sounds」思わぬ影響を及ぼした。

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しかしこの「USキャピトル版」をビーチボーイズのリーダーブライアン・ウィルソンは
「アルバム全体のカラーがまとまっている素晴らしい作品」
と勘違いし触発されコンセプトアルバム「Pet Sounds」をリリース。

それに触発されてビートルズは「Sgt.Pepper’s〜」の制作に着手するというエピソードが面白いです。

もしアメリカでUKオリジナル版が普通にリリースされていたら、世界の音楽の歴史が大きく関わっていたかもしれませんね。

イギリスでソウル・ミュージックが流行る起爆剤になった

オーティス・レディングによるDay Tripper

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この1966年6月にDrive My Car がアメリカで発表されたことに関連してかオーティス・レディングは1966年10月「ソウル辞典」(Dictionary of Soul)をリリース。そこにはDay Tripperのカヴァーも収録されています。
そのアルバムはUKアルバム・チャートで23位にランクイン。1967年にはロンドンとパリでのツアーも成功させています。

その後1967年4月 アレサ・フランクリンによるカヴァー「リスペクト」が発売、なんとUKシングルチャートで10位にランクインします。
イギリスで黒人音楽が本格的に受け入れられてきた感じでしょうか。

まとめ

今回調べてみてわかったのですが、「Rubber Soul」のEMI盤とUSキャピトル盤との違いは、後の音楽シーンに相当重要な影響を与えたのではないかと思います。あの時 収録曲が差し替わっていなかったら。「Pet Sounds」と「Sgt.Pepper’s〜」は無くてもっと他の流れになっていたのかもしれません。

いずれにせよ、この辺の収録曲のいざこざは「そもそも原盤権を所有していたのがそれぞれレコード会社」だったことにもなり「原盤製作者が原盤権を保有したままで原盤供給契約をする」アップル・レコードの設立のきっかけにもなります。

また「Drive My Car」はソウルシーンのロックシーンの架け橋になっていたのもポイント。イギリスでソウル・ミュージックが流行り、それが後の「アシッドジャズレーベル」設立→ジャミロクワイ・インコグニート・ブラン・ニュー・ヘヴィーズ などにつながっていくのが面白いですね。

まさに1965年〜67年にかけてはターニングポイントであったと思います。

参考文献

全曲解明!!ビートルズサウンド大研究(チャック近藤著)
ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実
ビートルズ アメリカ盤のすべて
『ビーチ・ボーイズ ペット・サウンズ・ストーリー』p.164
Ian MacDonald (1994). Revolution in the Head: the Beatles’ Records and the Sixties. New York: Henry Holt and Company. pp. 132-133. ISBN 0-8050-2780-7.


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